嘘がバレない方法

まず、人なぜ嘘をつくのか考えたことありますか?

理由はたくさんあるでしょうが、その根本にあるのは何かを守るため

ってもんでございます。(昭和元禄落語心中を見たばかりなもので、話し方がうつっています)

なので、弱みがある人間しか嘘はつきません。

 

弱みがあるってことは人間らしくて良いですね。

人間の歪んだ部分、柔らかな部分、尖った部分、欠けている部分、そういうものが人間たらしめるものだと思います。

しかしそんな部分ばかりを見せびらかして「自分は弱い、ダメだ」と叫んでもだれも見向きはしてくれません。そんな部分を隠して一丁前の人間のフリをするためにもやはり嘘が必要になってくるでしょう。

 

あらためて、嘘がバレない方法というものを話しましょう。

嘘がバレるのは、その場でおかしな様子だからか、のちに帳尻が合わなくなってくるかの2択です。帳尻が合わなくなってくるのは当人の力量不足。自分の力量を考えずに大ぼらを吹いたか、最初の嘘を守ろうと嘘を重ねていったか。なるほど嘘をつくには自分の力量を見極めてからってのが大事だなと、この場で確認できたのはいいことだ。

 

ここで話したいのは、そんな自分の力量を見極められた方々が、嘘をつく現場でいかにバレずにやり過ごすかということでございます。簡単です。

余計なことを話しすぎない。普通に振る舞う。

クールなタイプならできるでしょうし、その方々はそもそもこの記事を読んでいないでしょう。

 

そうでない場合です。嘘をつく技術が低いのであれば、周りの嘘を見抜く技術を下げればいい。さらに言ってしまえば、嘘を見抜く気なんて起こさせなければいい。戦わずして勝つことこそ優れた武将の取る戦法ですから。

 

嘘を見抜く気を起こさせないには警戒されないことが一番です。

つまり、昼行灯(ひるあんどん)になることです。ピエロ、アホを演じると言えば簡単でしょうか。

そして、簡単でバレる嘘を日頃からつくことです。

バレバレの嘘をついていると周りは「この人は嘘がわかりやすい」といとも簡単に警戒を解いてくれるのです。「嘘がわかりやすい」と思い込ませることはとても便利です。本当にバレたくない嘘をつく時、ごく自然に話せばいいだけなのです。相手は一寸もあなたを疑ってはいない状態ですから。

 

気を付けるべき相手は鋭い人間です。あなたが昼行灯を演じているのでは?と疑う、もしくは、気づく人間もいることでしょう。そういう人間には腹を割って話した方が賢いです。嘘をばらして、味方になってもらうか見て見ぬふりをしてもらうかするのが気苦労もしないで済みます。

 

最後に小話的なことをいいますが、「嘘をつく」の「つく」とは「吐く」と書くのだそうです。どんなに苦しい思いで吐いているのでしょうね。吐かないで済むのならそれがいいでしょう。日頃から嘘をついていると、嘘をつかないではいられない人間になってしまいますよ。

何より、自分への嘘でいっぱいになってしまいますから…。

最終回だけ見れない病

このたび5年半に及ぶ、中島みゆきオールナイトニッポン月イチが最終回を迎えてしまった。

みゆきさんは「クールの切れ目だから」とあっさりしていた(あまりにあっさりしていたあので最初聞いた時は聞き流してしまい、気づかなかったほどだ)が、樹木希林さんの訃報があった日の深夜に最終回なもので、実は病気なんじゃ…といらぬ心配をした。

そしてその最終回を未だに聴けずにいる。

このクセ、昔からそうだなぁと笑ってしまう。

思い返せば、好きなドラマの最終回も好きなアイドルの卒業公演も何か月か遅れて見たことがある。いまだに見ないで半年以上寝かせているものだってある。

終わってしまうことが寂しいのだ。見たら「最後」が始まり、そして終わる。

「最後」の最後を迎えてしまったら本当に終わってしまうのだ。

 

終わることを受け入れられていないと言う人もいるだろう。

これが自分の寂しさの表現なのだ。

愛しさの残り香は寂しさなのだ。

誇りの石碑

「イヌみたいだよ!もっと誇りを持ちなよ!」

お盆に同級生とプチ同窓会なるものをした時、強い女子に言われた。
めちゃくちゃ嬉しかった。

仕事を辞めて辛さが自分の中を駆け巡ってる時にもらった「大丈夫だよ」や「大変だったね」は「ああ、自分、仕事辞めてよかったんだ。間違ってなかったんだ」と安心させてくれた。

孤立したと勝手に思っていた自分に味方がいると教えてくれた。

今回、人間関係で痛い目にあった自分は「大切にしてくれるならだれでもいい~」と酒の勢いで言ったのだった。

すると強い女子が「イヌみたいだよ!もっと誇り持ちなよ!」と叱ってくれた。

ハッキリ言って、めちゃめちゃ嬉しかった。
ナズナに打たれたみたいに希望の光が刺さった。
道しるべができた。


自分は誇りを持っていいんだ
誇りを持てる自分になろう

 


前職で心身ともにヤられた自分は、自己を卑下することばかり得意になっていた。いや、そうならざるを得なかった。無職になった自分には生産性がなく生きる価値がない。働かざるもの食うべからず。そんな植え付けられた考えが自分を追い込んでいた。

自分を大切にすることができなかった。大切にする価値が自分にないと信じ切っていた。

誇りなんて、もっと昔に捨ててきた。捨ててきたことに気づかないくらい遠い昔に、いつの間にか。

 


強い女子が「誇り」を教えてくれた。


ただただ、めちゃめちゃに、すんごく嬉しかったので、ここに記す。石碑完成。

片方だけのイヤリング

イヤリングって片方だけ残るからイヤよね

 

片方だけ残るからもう片方をなくしたって気づいちゃうの

 

両方なくなれば なくしたことにも気づかない

 

一緒ならさみしい思いもしないだろう

 

もう会えないだろうになんとなく捨てられない

 

片方だけのイヤリングの入った箱

 

右でも左でもない 片方

 

きっとどっちにもなれたんでしょうね

 

もう どっちにもなれないんでしょうね

 

キラキラしたそれにフタをして棚にしまう

箱の中では輝かないわ

 

次に開ける時はあんたたちと同じ半端者を連れてくるわ

 

半端者 どれだけ集まってもみんな半端者

「この人と同じ髪型にしてください」

スマホで画像を見せながら言う。
「この人と同じ髪型にしてください」

 

担当の美容師の方を持たない自分は、美容室に行った時その場にいた方に切ってもらう。

名乗りもせず、髪型の相談が終われば黙々と切ってくれる。個人情報を話すことがさも当然のような空気も、「コミュニケーション中」というパッケージも、愛想笑いの踊り場もここには存在しない。店内のBGMとハサミの音だけが流れていく。


ここ最近は髪型を変える予定がないので同じ画像を見せているのだが、毎回違う髪型になる。今回に関してはヘルメットとしか言いようがない…。

 

自分の中の服部平次が困り顔で言う。
「切り過ぎちゃうか?」

さらに服部平次が推理を続ける。
「同じ髪型にしたか、同じバランスにしたか、の違いや」
さすが西の名探偵だ。

 

写真の人とは骨格レベルで違う。こんなに小動物系の骨格ではない。ああ、かわいい。骨格はもちろんなのだが、なんてったって顔がいい。
ああ、着床からやり直したい・・・。

骨格レベルの違いを考慮せず今回のように髪型をそのままコピーしてしまえば、白鵬に子供用ヘルメットを乗せた図が出来上がる。笑ってはいけない相撲部屋だ。美容師のお姉さん・・・アウトです。
一方、前回はバランスをコピーしていたようだ。白鵬に標準よりやや大きめのヘルメットを被せてくれた。これで安心して自転車乗れるよ!ありがとう!

 

「バイクちゃうんか!」
服部平次よ、ツッコミまでありがとう。

 

「同じ」という言葉は簡単に使えるけれど「同じ」ように伝わるとは限らないね。

上手な美容師かどうかは、きっとここに表れるのだろう。

 

 

美容室、出来上がるまでドッキドキ。
眼鏡あるあるでした。

20代半ば、ようやく知ったこと。

家がもともと厳しかったこともある。

ここで”厳しい”とは精神面において厳しいということを指す。

明文化された決まりはないが、そういう風に振る舞わなければいけない「雰囲気」が存在するのだ。自分の意志は不要だった。

さらに我が家の血筋について父からたびたび話されることがあった。

何様に仕えてどこどこへ行き、そして分家がどうのこうので本家があこそこにあり、後妻として入ってきた人がいて、何々という組織とつながりがあり、親戚づきあいがどうのこうのでーーーーーーーー

要するに、自分の振る舞いがどれだけの影響を及ぼすかよく考えろと言いたかったらしい。

 

それによって昔の自分は所属することや名前を残すことがとても怖かった。

所属先のささいな活動が家の名を汚したとして、所属先に迷惑がかかることも辞めろと言われることも居心地が悪くなることもすべてが怖かった。楽しい活動ですらくだらないと一蹴されて辞めろと言われる気がした。自由なんてなかった。

なので高校まで部活に所属することもなく生きてきた。

そして、高校後半に差し掛かった時、名簿には載っていないが実質活動してるという逆幽霊部員となり数か月だけ生徒会執行部として活動した。

行事活動で生徒会室に出入りをしていた時に仲良くなり、誘ってもらったのだ。

はじめて。はじめて、何かの一員に加わったのだ。

もちろんそれまでも委員会や行事の主要メンバーとして活動したことはあったが、初めて自分が「自分」で加わった団体だった。自分の意志があった。活動は楽しいことばかりだった。初めてのことばかりで後輩に質問することもあったり(後輩という存在ができたのもこれが初めてだった)充実感と高揚感、行事期間以外は至極暇でたまり場になる生徒会室。青春の濃度が高かった。(これについては思い出すだけで幸せになるのでいずれ書こう)

 

 

話したいことは学生時代のことではなく社会人のことなのでここから始める。読んでいて流れが悪いだろうが、便利な接続詞を使わせてもらう。いくぞ?びっくりするぞ?

 

さて、

 

社会人になり、仕事に就いた。そして仕事を辞めた。

鬱々とした日々にたまに知人からの誘いがある。テンションがハイになっている時はごく稀だが自分から誘う。頻度は低いながらもそうやって人と関わっているうちに、家のことも親のことも、何も関係がなく何も影響を及ぼさないことに気づき始めた。

「え…?いいのか?自分一人、血筋も何も関係ない『自分』という存在を生きてもいいのか?」

まるで迷路の抜け道に気づいたような気持ちだった。背徳感とうっしっし(この感情を表す的確な言葉をまだ知らない)

 

自分は自分という存在だけで生きていい。とても小回りが利く。そしてそのハンドルを握るのは自分。自分という存在のハンドルを自分が握って自分の意志で動いていいのだ。

 

ぼんやりと感じ始めていたことを文章にして、はっきりとこの手に掴めた。

自分が自分を自分で生きていると初めて感じた、20代半ば。

嬉しくて少し泣いた。嬉しさをここに記す。自分、生きていいんだよ。 

気持ちの切り替え(初級レベル)に成功した

最近「自分の機嫌は自分でとるもの」という言葉に出会った。

あまりに衝撃的で、一瞬顔が劇画調になりガビーンという文字と顔に縦線が入り、紅天女よろしく白目になっていただろう。

 

自分は感情のコントロールが下手な部類の人間だ。

人の悪口を長々と聞かされたり、怒鳴り声を聞いたり、威圧的な態度で責められたり、些細なミスをしたりすると、一瞬で機嫌が悪くなる。しかもすぐには戻らない。

イライラしているのが嫌なのにイライラすることばかりが頭の中をぐるぐる駆け巡る。 

 

ところが最近切り替えられる。

いや、最近になってやっと切り替えができるようになってきた。

 

やり方は以下の通りだ。忘備録として。

  1. その場から離れる
  2. 楽しい動画を再生する
  3. 不機嫌のきっかけについて自分の結論を付ける
  4. 楽しい動画を再生する

 

各段階について整理しよう。

 

1.その場から離れる

まずはその場から離れる。不機嫌のきっかけは大概の場合その場に在り続ける。なので、機嫌を増長させないために離れる。また、自分の不機嫌をまわりにまき散らさないためにも速やかに離れる。

 

2.楽しい動画を再生する

不機嫌なままでいいことは何一つない。

楽しい気持ちだと物事の捉え方や思考の方向性もよくなる。タイムマシーン3号の「太らせる力」、AKB48のANN、おジャ魔女どれみのOPなど、楽しいものを見る。

※自分の気持ちに合わせた楽曲は不機嫌が治まらない。自分がなりたい気持ちに合わせた楽曲・動画を選ぶこと。

 

3.不機嫌のきっかけについて自分の結論を付ける

「他人はああ言ったけど、あの時の自分にとってはあれがベストだった」「結果としてはああなったけど、あの時の他人の態度はよくなかった」といった感じで。

「あの時の」というワードを使うのはナイス。自画自賛してよい。はなまる。人間そのものを責めてしまうと今後の自分(相手)もあの時と同じ人間だと思ってしまうけれど、このワードを使うことであの時と将来の自分(相手)を分けて捉えられてとっても身軽になれる。

さらに、あとでもらったアドバイスが受け入れやすくなる。余計なおせっかいは受け流しやすい(笑)バッチグー。

 

4.楽しい動画を再生する

浄化。不機嫌な気持ちを自分でリピートしないため。反省はしても後悔はしないという感覚に近い。

 

以上の方法で気持ちの切り替えができるようになってきた。頑張ってるぞ。いいぞ。

今後もこの方法を使っていく。慣れてきたら中級レベルを目指す。