春の日差しと冬の風。鳥のさえずりはたしかに春のもの。
フェンスの向こうには水やりをする黒い背中。
私を撫ぜる風は冬を忘れるなと少し不貞腐れている。
横には椿が咲いている。なんて鮮やかなのだろう。私の目が潤むのは花粉症だからではない。そもそも花粉症ではない。
赤い背中が黒い背中に声をかける。内容は聞き取れないが明るい声だ。両手を大きく振りながら小さくなっていくそれは椿のように鮮やかだった。
空はほとんど白く、水色が溶けて消えゆく手前の色をしている。
そこに張り巡る命。桜の蕾は膨らみ始めている。枝の先に命がある。枝も幹も一寸の隙もなく命。命が張り巡らせられている。
すると自分が妙に伽藍堂に思える。右手の親指の爪。これも命か?その根元の甘皮。これも命か?
桜の枝はとてもはやく朽ちる。茹でた鶏肉よりも簡単に裂けるようにほぐれていく。
冬の風が私に声をかける。冬を忘れるなと。日差しのあたたかさが一瞬分からなくなる。
遠くで救急車のサイレンが聞こえる。あそこにも命だ。
真っ白な枝だけになった紫陽花はロープで縛られ冬の鎧を着たまま。
枯れ枝はゆっくりと土に還る。
背後からの風に身震いし、私はペンを置く。