”正しい食べ方”ってなんなの
先日「納豆の正しい食べ方」なる記事を見かけた。
・納豆かけご飯で食べる時はご飯は冷ましてから乗せる
・納豆のタレはよくかき混ぜた後に入れる
・生卵と一緒に食べるのはNG
などと続いている。
普段は「ああ、そうやると栄養がよく摂れるのねぇ」くらいに思うのだが、たまご納豆好きとして”生卵と一緒に食べるのはNG ”この項目はさらりと流すことができなかった。
なんで!何言ってんの!たまご納豆おいしいんだよ!!
正直憤慨した。
あのゴールデンコンビに待ったをかけるやつがいるのか。
あんなにマイルドで喉に流れ込んでくる甘みのあるおいしいものがNG扱いされているのはおかしいだろう。
ああ、禁酒法時代が始まる時人々はこんな気持ちだったに違いない…。
そののち「正しい食べ方」の言う”正しさ”とは何様なのか。
続く文章を読み進めていくとそこに並ぶ文言は次のようである。
・グルタミン酸が増えます
・卵の白身に含まれるアビジンと納豆に含まれるビオチンは結合する性質があり結合してしまうとビオチンの吸収が妨げられてしまいます
・ナットウキナーゼの効果が最大限に発揮されます
ああ、栄養を出来る限り100%摂ることが正しくなってしまったのか。
”おいしい”ではなく。
もう、怒る気にもなれない。
栄養摂りたかったらサプリメントでもとってろよ…。
栄養注射してろよ…。
食事は栄養を摂ることのみを指すのではない。
もちろん栄養を摂ることは生命体である以上重要である。ないがしろにするつもりはない。
しかしそこに過剰な正しさを見出す姿勢には警鐘を鳴らさずにはいられない。
それではガソリンがなくなりそうになったら給油されるだけの自動車と一緒だ。
食事には、2つの役割が備わっていることが必要です。
その1つは、その食事を食べる人の健康を維持・増進し、また疾病の予防・治療に必要な栄養素を過不足なく提供するという栄養学的側面の役割です。
もう1つは、その食事が食べる人の食習慣や食文化をみたし、おいしく食べることで心の豊かさや満足感をもたらすとともに、人間関係やコミュニケーションの形成に役立つなど、食べる人のQOLや社会性を高める側面の役割です。
おいしく食べることで心の豊かさや満足感をもたらすということが、まるっきり無視されている。
このことが自分が憤慨した根本の理由であった。
我々は自動車ではない。人間なのだ。
玉ねぎは生で食べた方が栄養成分が減らなくていいそうだ。
にんにくも火を通すと体にいい成分が減ってしまう。
玉ねぎはまだしも(生で食べると胃が痛くなる人はいる)、いつもにんにくを生で食べるのか。香りの強いにんにくを食べた後で他のメニューの味が分からなくはならないのか。おいしいと心から言えるのか。
願わくば、”正しい食べ方”、”今までの食べ方は間違っていた”などの栄養面しか考えていない見出しが少しでも減りますように。
そんな記事に心乱される人が少しでも減りますように。
「おいしい!」と心から喜んで食事ができますように。