宝塚を好きになったことで人として成長した話。

これはなぁなぁな世界で生きてきた自分が目を覚ました話でもある。

宝塚を好きになって自分の中に芽生えたことを二つ紹介したい。

 

一つ目はお金を払うという感覚だ。

SNSが広まった今、情報、画像、動画、何もかもが簡単に流れ出ていく。

以前某アイドルグループを眺めていた頃は、Twitterで公式以外(出版物やキャプ画)の画像も公演の動画も流れてくるのは当たり前。当たり前というよりそれが日常だった。それを見ることが推し活の世界だった。初めからその環境で、それが間違っていることだと気づく機会はなかった。

Twitterを見ていれば動向は追えるし、番組やライブ、コンサートもたまに流れてくるし探せばほとんどの動画が見れた。今思い返せば恥ずかしい行為だとはっきりわかるが、若い当時はアップロードされた動画に対して違法であるという感覚もなく(違法なものがあるという認識は持っていたがそれは世間のことで自分の世界とは別物という感覚だった)「見たければ見る」「見れるなら見とく」程度。

一言で言うなら、ネットにあがっている動画はすべて録画したテレビ番組だった。

なんとなく、簡単に、無料で、見れた。

そして「あー面白かった」「あそこかっこよかった」とお金を払った人と同じ反応をしていた。

 

宝塚に触れるようになって、今までのようにまずTwitterで検索した。

文字の羅列、みんな同じ公式の画像、入出の写真、時折見つける出版物やキャプ画。

文章の熱量は凄いのに画像が少ない。それが最初の印象だった。

そして情報収集してまもなく、ライブビューイングデビューを果たした。

映画館に行くのはミュウツーの逆襲以来。映画館の場所を調べることから。チケットぴあ?最前列って近くてなんかよさそう(首痛くて頭痛薬必要だなんて知らなかった)。

観終わってすぐわかった。

これはお金を払う価値がある。

払う必要があるからじゃなくて、素晴らしいものを見せてもらったことに対して払いたくなるのだ。

今まで触れてきたものとは濃度も密度も完成度も全く違う。

知らなかった圧倒される感覚。

なんとなく消費されてなんとなく通り過ぎてゆくものじゃない。

その舞台から受け取ったものが心の奥にしっかりと残る。

 

知らなかった。こんなにすごいエンタメがあるなんて知らなかった。

出版物やキャプ画に対して厳しい界隈なんだなぁという印象が一気にひっくり返った。

それはお金を払って得るものである。

お金を払わなければいけないのではなく、お金を払うことが自然なのだ。

理屈ではなく実感で理解できた、とてもありがたい経験だった。

 

 

 

二つ目に誠実であろうとすることだ。

宝塚音楽学校の校訓であり、宝塚歌劇のモットーである「清く正しく美しく」。

宝塚を知らずとも聞いたことのある言葉、外見のことを言っているのだと思っていた。

これは内面、心の在り方だと知って、深く大きく頷いた。

知れば知るほど体力面精神面共に厳しい世界。舞台にすべてを注ぎ込むひたむきな姿勢(北翔海莉さんが自身の退団公演中、大劇場公演と東京公演の間に鹿児島で剣術のお稽古に行った話は「できることはすべてやったか?」と自分に問いかける時にいつも思い出す)。輝き続ける強さ。

宝塚の舞台を観るために○○を頑張ろう。

宝塚の舞台を観るためにふさわしい自分でいよう。

もうネットで違法な動画や画像を探すことをしなくなった。

それは違うなって感じる。

頑張って誠実であろうとするのではなく、誠実でありたいのだ。

 

 

Twitterの使い方も増えた。次にどの作品を見ようかなと思った時に探す手段になる。

誰かが突然つらつらと語り出す作品。うわごとのようにワンフレーズしか言わなくなる作品。ぐるぐるぐちゃぐちゃな作品。

 

おすすめを訊くこともある。

以下は例だけれどもこんなざっくりした質問でも大丈夫だと伝わったら嬉しい。

「とにかくハッピーな作品が観たいです!おすすめはありますか?」

※紅5は作品名ではありません。

「明日海さんのかっこいい作品を観たい!」

※イケ散らかしてるのはSTUDIO54。

「望海さんの楽しい作品はどれ?」

※残念ながらこの質問には長い沈黙の末に「版権…」としか答えてもらえない…。

いくつかの作品を教えてくださるありがたいファンの先輩方。後ろ手には沢山の作品を用意していてたまに鼻息が荒い。そこが好き。

タカラヅカ・オン・デマンドやwowowNHK、スカイステージなど視聴方法も細かく教えてくださる。本当に助かりました。

ファンの先輩方がびっくりするくらい優しい。リアルタイムで観ていた人しかわからないことも教えてくれるし、知り得ないことを現在廃盤のローマの休日を貸してもらったこともある。自分がしてもらったことがあるから、という優しさの循環がある。

タカラジェンヌの皆さんだけでなくこうしたファンの方々も、誠実であることが自然な環境を作っていることが素敵で、誇らしい世界なんです。

朱に交われば赤くなる。人は環境の中で成長していくのだと身をもって知った。

 

本当に、宝塚を好きになってよかった。